メンバー便り

兼高かおるさんと屋久島

 この1月初旬に逝去のニュースが流れた。今更紹介するまでもないが、約30年にわたりTV番組「兼高かおる世界の旅」を続けられた旅行ジャーナリストである。
 兼高さんは、県が設置した屋久島環境文化懇談会(1991~1992)で、梅原猛氏やCWニコル氏などともに、とても発信力のある委員の一人であった。この懇談会は、わが国初の世界自然遺産登録の提案を行うなどその後の国の自然環境保全政策に少なからず影響を与えた。彼女は、西洋の「金の卵を産むガチョウ」の話を引用して、「金の卵を産むからと言っておなかから卵を取ろうとガチョウを殺してはすべてを失う。屋久島の杉は金の卵だ」と力説された。
 縄文杉登山にも挑戦された。1回目は悪天候で途中引き返したが、その後再挑戦し成就した。当時、縄文杉の根元の砂流出を補うために、小杉谷から登山者が一人ずつ砂を運ぶ「生命の砂一握り運動」(1992~1994)を行っており、喜んで参加された。この縄文杉登山については寄稿されている。「この島は神々の住居」と称し、「古代から世界のあちこちで、大木を神に例えたり、畏れ敬う風習があるが、屋久島でも巨木に斧を入れる前に木魂(こだま)様にお祈りをした。大木はなぜか子供には親しい遊び相手だが、成人には畏敬を感じさせる気品がある。この神々の聖地はどの木にも私たちの行動を見ているようで、謙虚にならざるを得なかった。」さらに縄文杉の根の傷みを残念がられ、「島の人は、この島に住む誇りを、島を訪れる人は、この島がかけがえのない世界の宝であることを念頭に置いて行動してもらいたい。」と結んでいる。紀行文としても素晴らしい。まもなく縄文杉周辺の立入禁止措置(1994)や展望デッキの設置(1996)など樹勢回復対策が始まった。

 来鹿の際は、お世話役として常に同行したが、無理もきいてくれる兼高さんの懐の深さにはとても助けられた。気さくで年賀状も太平洋上からということもあった。ご冥福を祈ります。

(岩田治郎)