東京通信

カシアス・クレイ

奄美にカシアス・クレイ、正確にはモハメド・アリがいた。

奄美市で委員会の後、懇親会に出かけた。懇親会場の料理屋2階に大きなパネルがあって、それがアリだった。1965年のソニーリストン戦とある。彼がチャンピオンになったのは前年の1964年の、やはりリストン戦だったから、これはリターンマッチの写真だろう。チャンピオンになった後、イスラム教に改宗、クレイは奴隷の名前だからとモハメド・アリに改名した。

当時はヘビー級の試合はテレビで放映していた。ちょうどボクシングに興味を持ち始めたころで、リアルタイムで見ていた。アリはそれまでのヘビー級のボクサーと、まったくタイプが違うアウトボクサーで、相手のパンチをほとんど受けない。本人の言う通り、蝶のように華麗に舞い、相手を蜂のように鋭く刺した。50年も前のことであるが、写真1枚でたちまち当時の気分が蘇る。1965年・昭和40年は、高度経済成長の真っただ中で、前年の昭和39年は東京オリンピック開催の年である。思えば、私も日本社会も青春だった。

昨日錦糸町に出かけたら、濃いピンクの桜が1本だけ満開だった。早咲きのサクラの種類は不明である。

モハメド・アリ・パネル

モハメド・アリ・パネル

錦糸公園サクラ

錦糸公園サクラ

(鹿児島環境学WGメンバー 小野寺浩)